JTBグループでは、パラスポーツの発展とともに、地域を元気にするアスリートを応援していきます。
今回は、馬場馬術でオリンピックを目指していた最中にケガでパラへと転向した中村公子選手にアスリートとしての地域の環境と魅力を語っていただきました。

乗馬クラブの悩みを地元農家が解決
2010年に乗馬クラブを都祁(つげ)に移転して以降は、ずっと奈良です。年に1回、近くのお祭りでお子さんに体験乗馬をしてもらうんです。すると何人かはその後も乗りに来てくださって。入会がどうのではなく、馬に乗るってこんなにいいものだっていうのが広まるといいなと思います。やっぱり若い子がどんどん乗馬を始めてくれることが私の理想ですから。それと乗馬クラブは堆肥の処理が一番困るんですけど、ここは近くの農家の方が引き取ってくださるので、本当にありがたいですね。それでうちの堆肥で作った野菜を届けてくれるんですよ。その野菜がまたスーパーで売ってるのとは違う素朴な味でね(笑)。
私は奈良観光ってしたことないんですけど、桜井の大神(おおみわ)神社は大好きです。鳥居をくぐると何とも言えないピキーンとした感じがして、空気が冷たいんです。ものすごいですから!桜の季節がまた素晴らしいです。山全体が桜で絶景!長谷寺もおすすめです。ケガをした時に、リハビリであそこの階段を杖を突いて上がったんですよ。春には「ぼたんまつり」があって、アジサイもきれいでね。どちらも奈良公園のあたりからは離れますけど、ぜひ1回寄ってみていただきたいですね。

写真撮影:Norihiko Okimura
写真撮影:Norihiko Okimura

一回やったらやめられない乗馬の魅力
生き物にまたがってやるスポーツで、しかもオリンピック・パラリンピックまで行ける競技って馬術だけですよね。最近世の中いろいろなことがありますけど、生き物に対するやさしさを自然と学ぶには、特にお子さまの場合なんかは非常にいいんじゃないかなと思います。
犬を飼っている人って、犬と会話してるじゃないですか。でも犬は何もしゃべってないですよね。もしかしたら反対のことをしゃべっているかもしれないのに、全部自分の都合のいいように会話するでしょ(笑)。それが乗馬の世界は、対・馬なんですよ。試合結果に落ち込んで「ごめんね。本当に私が悪かった」って言ったら、「そんなことないよ。今度もがんばろう」って馬が言っていると、勝手に人間は思ってるんです。そこで「おまえなんか辞めてしまえ」とは、馬は絶対に言わないと思っているんですよね。だから、また頑張ろうという気になれるんです。それが馬と一緒にいる魅力で、みなさんが乗馬を1回やったらやめられないという理由だと思います。

写真撮影:Norihiko Okimura

誰が見てもわかる馬術の「美」
馬術は馬相手なので、自分だけが頑張っても、こればっかりは成績が出ないんですよね。人間だけががむしゃらに練習する競技ではないんです。馬のコンディションが最優先。そこはほかの競技と違って、難しいところがありますね。
今度の世界選手権で乗る予定のディジャズという馬は、私と非常に相性が良くて、競技会に出る度に成績も上がっています。やっぱり馬との相性は乗ってみないとわかりません。私は割と顔だけで選んじゃうんだけど(笑)、やっぱり好きなタイプと苦手なタイプがあって。だから相性のいい馬に出会うのは難しいですけど、今回のように、走っている姿をビデオで見ただけで借りると決めた馬が、めっちゃ相性がいいということもあるんですよね。
相性のいい馬と出会った時って、たぶん馬もハッピーだと思うんですよ。全然タイプじゃない人を乗せているよりは、何となくタイプだなっていう人を乗せる方が、馬も嫌じゃないですよね。きっと。だからそういった意味では、ディジャズも私を乗せて試合に出ることはハッピーなんじゃないかなと思います。これもまた自分で勝手に思っています(笑)。
馬場馬術の一番の見どころは「美」です。美しさ。フィギュアスケートを見て、この人の演技きれいだなってわかりますよね。馬術も同じで、特にパラの世界では、美しい演技は障がいがあるとは思えないくらい人馬が一体化しています。それは馬術に興味があってもなくても、わかると思います。

写真撮影:Norihiko Okimura

障がい者に“手を差し伸べない”、ヨーロッパ人のやさしさ
オランダ、ベルギー、イギリス、ドイツあたりは本当に馬術が盛んですね。パラの馬術でも、オランダチームはパラリンピックの優勝候補だと思います。
パラの試合に行った時に非常に感じたのが、日本人は手を差し伸べることが良いこと、イコールやさしさと考えるけど、ヨーロッパの人たちは差し伸べないことがやさしさだっていう、そこの感覚の違いですね。もちろん手を差し伸べないといけない場面もありますけど。
特に乗馬なんて、日本の場合その人がやりたいと意思表示をしても、「危ない」が先に出てきちゃう。でも向こうの場合、本当に危ない場面はやらせないけど、その一歩手前まではほったらかしなんですよ。だから私が見てもドキドキするような障がいのある方も、健常者と一緒にやっていて、しかも馬もわきまえていてじっとしているんです。あれって不思議なものですね。
手を差し伸べるのもやさしさだけど、やりたいことをやらせるのもやさしさなんだというのは、ヨーロッパのパラの馬術を見て、特にめっちゃ感じたことかな。

写真撮影:Norihiko Okimura

今度はパラ選手として胸に日の丸を付けたい
海外の試合で一番思い出に残っているのは、パラに転向する前ですが、やっぱり初めて日本代表としてださせていただいた2014年のアジア大会です。大げさな言い方ですけど、国を背負うというのはプレッシャーの度合いが違ったんですよ。でも今までの海外の試合で、一番緊張したのも、一番鳥肌が立ったのもその大会です。それで、できればもう1回日の丸をつけて出たいという欲が出てきた矢先にケガをして。
オリンピック出場を目指して、姉が「Team TONKO」っていう支援活動を立ち上げた後のことでしたので、離れていった方もたくさんいらっしゃいます。だけど、オリンピックじゃなくてもいいから、とにかくまた私の演技を見られればそれでいいと言ってくださる方たちもたくさんいて。きれいに言ってしまえば、ケガをしたことで、失うものはいっぱいあったんですけど、逆にケガをしなければ出会うわけがなかった人と出会えたり、興味を持たなかったことに興味が湧いたり。今から思えば、医者もびっくりするような驚異的な回復力と、この年でもまだまだ若い者には負けないぞというエネルギーは、ケガがなければ絶対に出てこなかったと思うんです。そして今度は、パラというかたちで日の丸を背負えるかもしれないという立場に来られた。それだけでも幸せです。

取材協力=一般社団法人 日本障がい者乗馬協会、日本財団パラリンピックサポートセンター

写真撮影:Norihiko Okimura

PROFILE
中村 公子(ナカムラ トモコ)
1962年3月17日生まれ
1973年に鎌倉市の乗馬クラブで乗馬を始める。1980年日本大学獣医学部入学、馬術部入部。1984年には日本大学総長賞スポーツ部門賞を受賞。卒業後には乗馬クラブのインストラクターとして就職。2008年には独立して馬術クラブ「シュタールジーク」を設立。同年に全日本馬場馬術大会選手権をセントジョージで優勝。2014年には初の国際大会として仁川アジア競技大会に出場し、団体で銀メダル、個人で8位に入賞する。同年と2016年には全日本馬場馬術内国産馬選手権に優勝するが、7月に骨折。その後リハビリを続け、2017年には競技に復活し、翌2018年には障害者馬術G5に認定され東京2020パラリンピック出場を目指している。